人生の基本は我にあり

 暑い毎日が続きます。でも夏だから当たり前なのですね。暑い夏を快適に過ごす工夫は、身の回りに多く存在します。麦茶を冷やす、そうめんを食べる、打ち水をする、綿や麻の服を着るなど古来より日本人は、文明の利器に頼らずとも色々な工夫をしてきました。和菓子ですらも夏向けの涼しげなものが多くあります。また、暑いがゆえにスタミナの付く鰻を食する習慣もこの季節です。土用の丑に鰻を食べる習慣は、実は江戸時代に平賀源内が仕掛けたという説があります。それまで夏に鰻は売れないのが常だったのですが、店頭に「本日丑の日」という張り紙をさせて、「う」のつく食べ物、即ち鰻を食べる日という暗示で庶民を誘導したようです。もっとも鰻には栄養価の高いビタミン類が多く含まれ、まさに夏バテ防止には最適だったのです。現代では、あと付けではありますが夏バテ防止の最高峰として重宝されるようになっているのです。しかし、その鰻も年々漁獲量が減っているようです。そもそも鰻の生態はミステリアスで、一般的には川で獲れる淡水魚と思われていますが、その産卵は海の中と言われています。その産卵場所も特定されたわけではなく、未だに産卵からの養殖には至っていません。現在の養殖は、稚魚を漁獲してそこから養殖するだけなのです。鰻好きとしては一刻も早く人工産卵から養殖に至る生態が解明されることを願って止みません。

 さて、そんな暑い日をもうしばらく凌いでいくわけですが、もう一つの夏真っ盛りは、全国高校野球大会です。今年もやってきました。いつも思うことなのですが、なぜこの一番暑い真夏に全国大会が行われるのか。なぜ熱中症の危険と隣り合わせのこの時期なのか。これはひとえに高校生にとって夏休みであること、そして、主催者側の都合であることなのです。春休みはもう一つの主催者が日程を組んでおり、冬休みは野球のシーズンオフなのでどうしても夏休み中なのです。高校野球の歴史を紐解くのはまた別の機会を設けるとして、猛暑にもかかわらず、球児たちは甲子園に向けて熱中症も省みず、全力を尽くすのです。野球というスポーツは、ご存じのとおり団体スポーツです。しかし、団体ではあるのですが、一対一の勝負もあるのです。そう、バッターとピッチャーや来たボールを打った選手対守備の選手です。団体競技だから自分の意思は二の次?いえいえ、そんなわけはないのです。グランドにいる9人はすべてそれぞれの自分の意思を携えて勝負に出ているのです。えっ?送りバントは監督やコーチの指示?もちろん。そうなのですが、相手投手がどんなボールを投げてくるのか、どこに投げてくるのか、これはもうサインが出た後は自分自身に判断を委ねられるのです。では、この場面で他の味方の守っている選手たちはどうなのか。この場面では、総ての野手が自分の動きをシミュレーションして備えているのです。これは、テレビの画面では確認できません。球場の遠く離れた席からしか確認できないのです。なにせ9人全員の動きを見るわけですから。今は野球に例えて話をしていますが、他のあらゆるスポーツでも一人一人が自分の意思で、自分の動きを考えるのがスポーツなのです。何も考えていなければあらゆるスポーツには従事できないのです。そして、その勝負には勝てません。日々の生活でもそれは言えるのではないでしょうか。私生活でも仕事でも自分の意思がなければ何も進まないのではないでしょうか。他力本願は楽かもしれません。しかしながら、何事も人任せにしてうまくいけばよいのですが、悪い結果になった場合、後々後悔の念を引きずるのではないでしょうか。要するに人任せにしても自分の意思に基づいたものであるべきなのです。高校野球を見ているとここぞの場面でエラーをして負けてしまうことがあります。これは、悔しいし、その後ずっと後悔の気持ちが絶えないかもしれません。しかし、それは自分の意思で、自分の動きでなり得た結果なのです。本来そこには悔いなどないのです。自分のせいで?いやいや、だれもそんなことは責めません。そんなことをしたらスポーツマン失格です。自分がいて周りの人がいる。スポーツだけでなく、日々の生活にも自分がいて人がいるのです。そんなことをいつも考えていたいものです。