なんでやねん

「サクラサク」今はもうこの表現は無いのでしょうか。我々御同輩には分かりますよね。そうです。懐かしい受験合格の電報文です。現代のようにインターネットなどはなく、この頃は、至急の通信手段は電報だったのです。これは、もっぱら遠方から来て受験ののち、地元で合否を確認するための手段だったのです。合格発表の日にわざわざ遠方から出てきてその発表を見るには費用が掛かりすぎるし、万一不合格であったときはその落胆とともに、その費用の重さに二重の悲しみを受けることになるのです。そんなときの代行をしてくれるのが合否の電報だったのです。合否というからには不合格もあるわけで、その場合は「サクラチル」という無情の響きの文言だったのです。今では、インターネット上で合否が分かる仕組みもあるようで、発表時間と同時に結果がわかるようです。便利になったと思うのですが、なにか感動に乏しく、淡々と臨んでいるように思うのは私だけでしょうか。学校の掲示板に張り出される受験番号をドキドキしながら番号順に目で追っていったあの瞬間の気持ちは、今も脳裏に焼き付いています。皆さんも危険物の乙四試験の結果発表はドキドキしたのではありませんか。そんな桜咲く春がようやく訪れてきました。歳と同じ数だけやってくるのですから、それだけ年齢を重ねているということなのですが、五感で感じるその心地よさに、また浸れることに今年も感謝なのです。温暖化と言われますが、日本にはまだまだ四季があり、季節ごとの心地よさは何ものにも例え難いものなのです。
 そんな世の中でインフォメーションテクノロジーは益々進化を続けています。いや、進化の速度を猛烈に速めているのです。スマートフォンとコンビニ、特に顕著なのです。今や電車の中でスマホを触っていない人は少数派です。音楽を聴いている人、ゲームを楽しんでいる人、ネットショッピングをしている人、メールをやり取りしている人、等々。メールもこれまではネットメールが主流でしたが、最近はLINEでのやり取りが主流になりつつあります。当社でも社員間の至急の連絡はLINEを活用するようになり、従来の通話とパソコンのグループウェアとともに、より一層コミュニケーション手段の幅が広がりました。これで社内コミュニケーションは万全かと思いきや、使うのは人間の意思ですから意思がなければ情報交換は遮断されてしまいます。まだ一抹の不安要素は存在しますが、創業時から考えますと格段の進歩を遂げているのです。また、解らないことの調べ物は検索エンジンが威力を発揮して、道が判らなければ地図ソフトが活躍します。買い物もできるのです。本、食料品、日用雑貨、お酒、何でも買えるのです。買い物と言えばコンビニです。昼食やたまの夕食、お酒や飲料、おでんまでも。名前の通り、ちょっとした便利使いにはもってこいの存在になりました。一人分のお総菜などもあり、若い人のみならず、単身赴任者、ひとり暮らしのお年寄りにも優しい店になりました。コンサートのチケットも買えます。公共料金も払えます。コピーもFAXもできます。マイナンバーカードを使って住民票も取れるのです。どうですか。スマホとコンビニがあればほぼ日常生活はできるのではないでしょうか。日進月歩どころか、時進日歩の速さで日常生活に入り込んできています。では、どちらも無くては困るのでしょうか。いえいえ、便利さを追求しなければ昭和の生活もして行けるのです。ただ、便利さを求めるあまり、安易にスマホやコンビニに頼ってしまっているのです。心の中ではスローライフと思いながら、世の中の流れの速さについ身を任してしまっているのが現実ではないでしょうか。晴耕雨読に憧れながらスマホを片手にコンビニ通いをする今日この頃です。