三時代物語

ようやく桜の季節を迎えました。まだ朝夕は、肌寒いですが、桜の花を見ていると晴れやかな気持ちになれます。昨年来、近親者や友人の逝去が相次ぎ、その人たちは、今年の桜を見ることができないわけで、そのことを思うと、惜別の念に堪えませんが、暖かい気候と共に、満開になっていく桜の花を仰ぎ見ることで癒されます。梅から桜、桜からつつじと咲き誇っていく花と共に、元気いっぱい過ごしていきたいものです。

さて、いよいよ今月限りで平成の時代が幕を閉じます。平成の30年という年月は、昭和の約半分に過ぎませんが、皆さんにとっての平成はどんな時代だったでしょうか。昭和と比べて、もっとも大きな変革は、パーソナルコンピューターとインターネットの普及ではなかったのではないでしょうか。パソコンの普及やそのネットワークで私たちはどれだけ多くの情報を得ることができるようになったでしょうか。漢字を忘れても辞書を引くことなくネット検索ですぐに知ることができます。知らない場所も地図ソフトとGPS機能でほぼ正確に短時間で行きつくことができます。ニュースもリアルタイムで知ることもできます。買い物するときもスマホでクーポンを出せば即割引してもらえるのです。もちろん、恥ずかしくなければスマホでテレビ電話もできてしまうのです。このように、平成の時代は、ひとことで言えば情報化社会の確立期であったと言えます。そんな平成は、私にとっては、これまでの人生の約半分を占めているわけで、そういう意味での自分の昭和を考えると、終戦以後の日本国の再建と共に並行して、自分自身の創造が成された時代ともいえます。創造された自分が平成期に熟成されて、令和期は、おまけの時代かもしれませんね。どのくらい令和の時代を過ごしていけるか分かりませんが、この先、どんな変化、どんな進化をしていくのか、人生のカウントダウンと共に見定めていきたいと思います。でも、車が自動運転で走り回ったり、ドローンで宅配便が届く世の中になっていくのでしょうか。もう既に銀行などは、人員を削減して取引は、ATMなどで無人化していくようです。現在もネットバンキングは当たり前になってきていますが、いよいよ対面での取引は無くなっていくのです。コンビニも無人化にして、機械を操作して買い物できるようになるようです。そうなれば、今騒がれている24時間営業の是非は、いずれ改善されるのでしょうか。あまり、そういう傾向が急展開すると、今度は一転して失業者が増えることは無いのでしょうか。人間の代わりを機械にさせることでどんどん省人化してしまうと、本当に今度は人間が余ってしまわないのでしょうか。20年ほど前に或るコンサルタント会社のセミナーに参加した時、その講師は、IT革新によって人間が携わる仕事が機械に移転して行き、その影響で失業率が10%に及ぶと言っていました。しかしながら今現在の失業率は数%に過ぎません。予測は外れたことになるのですが、この先はどうなるか分かりません。本当にロボットに支配されて、人間たちは失業していくかもしれません。ロボットの運転手、ロボットの店員、ロボットの料理人etc.まさかロボットのドクターに診察してもらうことにはならないかもしれませんが、ネットワークを通じたドクターとの対面で、診察してもらっているかもしれないですね。 令和の時代は、IT、IoT革新に更に拍車が掛かるでしょう。何か怖いもの見たさの感がありますが、付いていけるところまで付いていってやろうではありませんか。三つの時代をまたにかけるのですから。